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あの食事会は何だったのか
おはようございます。
とみ鍼灸治療院の松葉です。
私は開業する前、病院のリハビリ科で勤務していました。
その病院は結構大きな病院で、内科、整形外科、耳鼻科、そしてリハビリ科と、
幅広く診療しておりました。
私はなぜか院長と顔が似ており、患者さんの間でも、
「先生、院長に似てるなあ。」
と話題になることがありました。
院長もそれがまんざらでもなかったのか、
私は結構可愛がってもらっていました。
そんなある日、理事長から突然、
「次の土曜日、勤務が終わったら院長と三人で飯を食いに行くから空けといて。」
と言われました。
院長と理事長と私。
三人で食事。
「これは何かあるぞ。」
昇給の話か?
いやいや、
そんな話がなくても院長とゆっくり話ができるだけで光栄なこと。
私はその日を楽しみにしていました。
そして土曜日。
仕事を終えた私は、理事長の運転する車に乗り、食事のお店へ向かいました。
着いたのは、地元で有名な戸隠そばのお店。
院長は先に到着していました。
私と理事長が席に着くと、
1分も経たないうちに、
蕎麦と親子丼のセットが三人の前に運ばれてきました。
「早っ!!」
どうやら、すでに注文してくれていたようです。
そして次の瞬間。
院長は「いただきます」も言わず、
無言で蕎麦をすすり始めました。
ズズズズ……。
私も理事長から、
「食べや。」と言われ、食べ始めました。
しかし、院長から話しかけてくる様子はありません。
ひたすら蕎麦をすすり、
親子丼を食べています。

(ええ〜!?何もなし?)
私はてっきり、「最近、調子はどうや?」
とか、
「頑張ってるな。」
とか、
そんな言葉をかけてもらえると思っていました。
ところが、何もありません。
三人で黙々と、蕎麦と親子丼を食べます。
もちろん、ベラベラ喋りながら食べるのも行儀が悪いかもしれません。
でも、
(もしかして、俺から話しかけなあかんかったんか?)
そんなことまで考え始めました。
そして、三人とも食べ終わった頃。
ようやく院長が口を開きました。
「もうええか?」
おそらく、
「おかわりはいらないか?」という意味だったのでしょう。
「はい。」
すると院長。
「ほな、帰ろか。」
……。
食事会終了です。
(何やったんや、これは。)
結局、何の話もありませんでした。
その後、理事長が気を使ってくれたのか、
美味しいパン屋さんへ連れて行ってくれました。
それでも私は、
「せめて労いの一言くらいあっても良かったんちゃうかな。」
そんな気持ちを、退職する日までどこかで引きずっていました。
あれから12年。
私も47歳になりました。
当時の私は、
「自分に従業員や後輩ができても、絶対あんなことはせん。」
と思っていました。
でも最近になって、ふと考えることがあります。
もしかしたら、あれはあれで良かったのかもしれない。
院長は、私にご飯を食べさせてくれました。
しかも、おかわりしたいと言えば、
たぶんいくらでも食べさせてくれたでしょう。
褒めるわけでもない。
仕事の話をするわけでもない。
何かを教えるわけでもない。
ただ、三人で蕎麦と親子丼を食べる。
若かった私は、そこに「意味」を求めていました。
でも、人との関係というものは、
必ずしも言葉で説明できるものばかりではありません。
気を使う相手なら、沈黙が続くと、「何か喋らなければ。」と思います。
実際、家族や昔からの友人と一緒にいる時は、何も喋らなくても平気だったりします。
そう考えると、
あの日、院長は私に何かを伝えようとしていたのか。
それとも、本当にただ蕎麦と親子丼を食べたかっただけなのか。
今となっては、その真相を確かめる術はありません。
ただ一つ言えるのは、12年経った今でも、
あの日の蕎麦と親子丼を、私ははっきり覚えているということです。


