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スマホに奪われる時間

2026-09-02

おはようございます。

とみ鍼灸治療院の松葉です。

 

今では生活に欠かせなくなったスマートフォン。

 

電話やメールだけでなく、ニュースを見たり、買い物をしたり、地図を調べたり、

動画を見たりと、一台あれば本当に何でもできる便利な時代になりました。

 

しかし、その便利さの一方で問題になっているのがスマホへの依存です。

 

スマホ依存というと、

 

「一日中スマホを触っている人」

「スマホがないと不安になる人」

 

そんなイメージを持つかもしれません。

 

しかし私は、それだけではないと思っています。

 

少し時間が空いたらスマホを見る。

電車を待っている間にスマホを見る。

食事が出てくるまでスマホを見る。

寝る前にもスマホを見る。

朝起きたら、まずスマホを見る。

 

一回一回は5分、10分程度でも、それが一日の中で何度も繰り返されています。

 

例えば一日3時間スマホを見ているとすると、一年間では約1,100時間になります。

日に換算すると約46日です。

 

もちろん、そのすべてが無駄な時間というわけではありません。

 

仕事で使うこともありますし、家族や友人との連絡、調べ物など、生活に必要な時間も含まれています。

 

ただ、その中に、

「特に見たいわけではないのに見ていた時間」

はどれくらいあるでしょうか。

 

SNSを開いたら、いつの間にか30分経っていた。

短い動画を一本だけ見るつもりが、次から次へと見てしまった。

寝ようと思って布団に入ったのに、気がつけば一時間経っていた。

経験のある方も多いと思います。

 

この問題で怖いのは、単純にスマホを見る時間が増えることだけではありません。

その時間に本来できたことまで失われてしまうことです。

 

30分あれば散歩ができます。

一時間あれば本を読むこともできます。

早くスマホを置けば、その分早く眠ることもできます。

家族と話をしたり、趣味を楽しんだり、何もせずにゆっくりすることだってできます。

 

つまりスマホによって失われているのは、「時間」だけではなく、その時間にできたはずの「経験」なのかもしれません。

 

もう一つ気になるのが、何もしない時間がなくなっていることです。

昔は電車を待っている時間や、人との待ち合わせ、飲食店で料理が出てくるまでの時間など、何もせずに過ごす時間がありました。

 

その時間に、

「今日これから何をしようかな」

「あの時はこうすれば良かったかな」

「今度こんなことをやってみようかな」

など、自然に色々なことを考えていました。

 

しかし今では、わずかな空き時間でもスマホを取り出すことができます。

 

退屈しなくなった反面、自分で考える時間まで少なくなっているのではないでしょうか。

 

そしてスマホの刺激に慣れすぎると、何もしないこと自体が苦痛になってしまう可能性があります。

少し暇になったらスマホ。

少し退屈したらスマホ。

何となく落ち着かなければスマホ。

これが当たり前になってしまうと、

 

「スマホを見たいから見る」

 

ではなく、

 

「スマホを見ていないと落ち着かない」

 

という状態に変わってしまいます。

 

では、スマホを捨てればいいのでしょうか。

私はそうは思いません。

これだけ便利なものを今さら生活から完全になくすことは現実的ではありませんし、スマホそのものが悪いわけでもありません。

 

大切なのは、自分で使う時間を決めることだと思います。

例えば寝る前はスマホを見ない。

食事中はスマホを置いておく。

トイレやお風呂には持っていかない。

散歩するときは必要以上に見ない。

そして時には、何もしない時間を作ってみる。

 

最初は退屈に感じるかもしれません。

しかし、その退屈な時間に頭の中が整理されたり、何かを思いついたり、周りの景色に気づいたりすることもあります。

 

スマホ依存を防ぐというと、

「スマホを我慢する」

という話になりがちです。

 

これも私は少し違うと思います。

スマホを見る時間を減らすということは、

自分の時間を取り戻すこと

だと考えます。

 

一日24時間という時間は、誰にでも平等です。

そしてお金と違って、今日使った一時間を明日取り戻すことはできません。

 

スマホを使っているのか。

それともスマホに自分の時間を使われているのか。

 

一度、自分のスマホの使用時間を確認してみるのも良いかもしれません。

 

思っている以上に、自分の時間がそこに隠れているかもしれません。