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鍼灸師になる前の私その2
おはようございます。
とみ鍼灸治療院の松葉です。
今日は、
前回の「鍼灸師になる前の私 その2」を書いてみたいと思います。
お暇つぶしに、軽く読んでいただけたら嬉しいです。
さて、
食品卸会社を退職し、鍼灸の専門学校に入学した私ですが、
当時、心の中では常にこんなことを思っていました。
「ここで失敗したら人生が終わる」
「人生のやり直しだ」
それくらい、覚悟を決めて飛び込んだ世界でした。
鍼灸の世界は厳しいと聞いていましたが、
実際の学校生活は、思っていたよりもずっと穏やかでした。
飲み会をしたり、
野球やフットサルをしたり、
意外と楽しく過ごせていたと思います。
ちなみに、
学校の授業で1年生の前半だけフットサルの授業があったのは、今でも謎です。
また、鍼灸の学校に入ってから、
勉強の仕方が自然と身についたのか、
自分でも驚くほど勉強するようになりました。
後になってクラスメイトから、
「松葉=くそ真面目」
という印象だったと聞いた時は、正直少し笑ってしまいました。
ただ、本当の私は、
そこまで真面目な人間ではありません。
根っから、
「どうすれば楽にいけるか」
を考えるタイプです。
その延長で、
いわゆる整骨院のような体育会系の職場は避け、
整形外科でアルバイトをしていました。
これが、今振り返ると本当に良い選択だったと思います。
整骨院ではマッサージ中心の業務が多く、
鍼灸師にとって大切な指を壊してしまうこともあります。
さらには治療に対して変な先入観が植え付けられることも、少なくありませんでした。
実際に、
「学校の授業は臨床では使えない」
「学校は国家試験に合格するためだけの場所だ」
そんなことを平気で言う人もいました。
そして上手いこと言われて、
卒業後は安月給のまま、その職場に就職する。
当時は、
そんな流れが当たり前のように存在していました。
「松葉は整骨院を避けるなぁ」
周りからは、
そんなふうに言われていましたが、
整骨院路線で進んだ鍼灸師の多くが、数年後、鍼灸とは全く別の仕事をしてる事を考えると、
あの選択は間違っていなかったと思っています。
入学当初、クラスメイトは60人いました。
途中で退学する人、
国家試験に落ちる人、
就職しても続かず辞めてしまう人。
今も鍼灸の仕事を続けているのは、
おそらく10人ほどではないでしょうか。
「仲間と力を合わせて、鍼灸の未来を盛り上げていく」
そんな理想を思い描いた時期もありましたが、
現実は、なかなか厳しいものでした。
国家試験に合格しても、当時は、
鍼灸院であれば丁稚奉公に近い形で働き、
整骨院であれば朝から晩まで、みっちりマッサージ中心の仕事。
そんな中で、
私は内科で鍼灸治療を行うという道へ進みました。
しかし、その内科クリニックは、
過去に30人近くの鍼灸師のクビを切っている、
いわば「鍼灸師の処刑台」のような場所でした。
その話は、また別の機会に書こうと思います。
これが、
私が鍼灸師になるまでの話です。
またよければ、
感想なども教えてください。
※整骨院や鍼灸院の事情は、
あくまで当時(2007年)のものです。
現在は、すべてがそうではありません。



