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鍼灸師になる前の私その2

2026-01-08

おはようございます。

とみ鍼灸治療院の松葉です。

今日は、
前回の「鍼灸師になる前の私 その2」を書いてみたいと思います。

お暇つぶしに、軽く読んでいただけたら嬉しいです。

 

さて、

食品卸会社を退職し、鍼灸の専門学校に入学した私ですが、

当時、心の中では常にこんなことを思っていました。

 

「ここで失敗したら人生が終わる」

「人生のやり直しだ」

それくらい、覚悟を決めて飛び込んだ世界でした。

 

鍼灸の世界は厳しいと聞いていましたが、

実際の学校生活は、思っていたよりもずっと穏やかでした。

 

飲み会をしたり、

野球やフットサルをしたり、

意外と楽しく過ごせていたと思います。

 

ちなみに、

学校の授業で1年生の前半だけフットサルの授業があったのは、今でも謎です。

 

また、鍼灸の学校に入ってから、

勉強の仕方が自然と身についたのか、

自分でも驚くほど勉強するようになりました。

 

後になってクラスメイトから、

「松葉=くそ真面目」

という印象だったと聞いた時は、正直少し笑ってしまいました。

 

ただ、本当の私は、

そこまで真面目な人間ではありません。

 

根っから、

「どうすれば楽にいけるか」

を考えるタイプです。

 

その延長で、

いわゆる整骨院のような体育会系の職場は避け、

整形外科でアルバイトをしていました。

 

これが、今振り返ると本当に良い選択だったと思います。

 

整骨院ではマッサージ中心の業務が多く、

鍼灸師にとって大切な指を壊してしまうこともあります。

さらには治療に対して変な先入観が植え付けられることも、少なくありませんでした。

 

実際に、

「学校の授業は臨床では使えない」

「学校は国家試験に合格するためだけの場所だ」

そんなことを平気で言う人もいました。

そして上手いこと言われて、

卒業後は安月給のまま、その職場に就職する。

 

当時は、

そんな流れが当たり前のように存在していました。

「松葉は整骨院を避けるなぁ」

周りからは、
そんなふうに言われていましたが、

整骨院路線で進んだ鍼灸師の多くが、数年後、鍼灸とは全く別の仕事をしてる事を考えると、

あの選択は間違っていなかったと思っています。

 

入学当初、クラスメイトは60人いました。

途中で退学する人、

国家試験に落ちる人、

就職しても続かず辞めてしまう人。

 

今も鍼灸の仕事を続けているのは、

おそらく10人ほどではないでしょうか。

「仲間と力を合わせて、鍼灸の未来を盛り上げていく」

そんな理想を思い描いた時期もありましたが、

現実は、なかなか厳しいものでした。

 

国家試験に合格しても、当時は、

鍼灸院であれば丁稚奉公に近い形で働き、

整骨院であれば朝から晩まで、みっちりマッサージ中心の仕事。

 

そんな中で、

私は内科で鍼灸治療を行うという道へ進みました。

しかし、その内科クリニックは、

過去に30人近くの鍼灸師のクビを切っている、

いわば「鍼灸師の処刑台」のような場所でした。

その話は、また別の機会に書こうと思います。

 

これが、

私が鍼灸師になるまでの話です。

またよければ、
感想なども教えてください。

※整骨院や鍼灸院の事情は、
あくまで当時(2007年)のものです。
現在は、すべてがそうではありません。